stella_chapter1_06

忘却 / あおいそら

2025年6月15日(日) 00:56

 定刻より早く目が覚めてしまうことは、誰しもままあることだ。しかし早起きをしたとて、下級の作業員には触れられる娯楽も限られているし、大抵の場合はさっさと二度寝に入り、少しでも心身を休めるのが定番だ。それに則り、用を足して二度寝しようとすると、ふと部屋に取り付けられている連絡用のコンソールに、ちかちかと点滅する記号が浮かんでいるのが見えた。個人宛のメッセージ通知である。確認すると、それは藍博士からのもの――送信時刻は午前三時すぎ――だった。
『起床後、食事を終えたら医局まで来るように』
 とのことだったが――首を捻った。メディカルチェックはつい先日終えたばかりで、次はまた来週の予定だ。特段作業中になにかをやらかした覚えも無い。あるいは――身体の方に何か以上があったのだろうか? 様々な考えが頭に浮かぶ。
 しかし、無い頭を捻ったところで、それを確かめられるのはどのみち朝が来てからだ。今は大人しく、二度寝しよう。強くそう念じて、どうにか二度目の眠りについた。
 起床時間定刻になり再度目覚めると、二度寝したとき特有の気だるさを感じた。欠伸を噛み殺しながら、食堂へ向かい、配給された固形食料を水で流し込む。噎せそうになりながら朝食を終え医局へと向かうと、仏頂面の藍博士が出迎えた。時刻は午前七時。博士はデスクでデジタルとアナログの書類に目を通していて、至っていつも通りの様子である。果たして、あのメッセージを送ったあと眠ったのだろうか? そんなことを少し気にしてみたが、口に出そうかどうかと考えている間に、向こうが口を開いた。
「来たか」
「……何の用……ですか?」
 訊ねるや否や、白い布の塊が放り投げられてくる。慌てて受け取ると、それは白衣のようだった。意図が分かりかねて博士を見ると、彼は立ち上がって、部屋の左右の棚から薬の束を取り出しながら説明をした。
「それを着ろ。今日は俺の仕事の手伝いをしてもらう」
「博士の仕事」
「居住セクションに、必要な薬を持っていく。お前は荷物持ちだ。黙ってついてこい。指示は都度与える。余計なことは何もするな」
 つまり、場所を移しただけで、単純労働であることには変わらない。しかし、あの血生臭い処理セクションに今日は行かなくて良いのだと思うと、憂鬱な気分がいくらか晴れた。言われた通り白衣に袖を通すと、これがなかなかどうして、気分が高揚した。鏡を覗くと、そこはかとなく知的な佇まいの自分がいる。裾が好き放題に広がっている衣類は新鮮な心地だ。こういう服を着たことはこれまで無い――ような気がする。鏡の前で身体を捻って様々な角度から姿を確認していると、その様子を藍博士が黙ってみていることに気付き、背筋を伸ばして直立する。余計なことはするなと言われたばかりであった。なにか咎められるかと思ったが、博士はひとつ溜息をついて、薬を箱に詰める作業に戻った。命拾いした。